はあとけあバックナンバー
 今月のキーワード ―キーワード―

3年間、和のグルメを連載しましたが、通算第100号をきりに、これを終了し、新たに「今月のキーワード」というコーナーを設けることにしました。

最近、社会的、文化的、経済的な変化がめまぐるしく、流行の言葉、もの、人(時の人ですね)が、次々に消費されているという表現がぴったりです。不易流行の不易の部分も大事ですが、そのときそのときの流行の部分にも目を向け、考えていくことで、さまざまな変化を捉えることができます。そこで、今旬の言葉、もの、ときには昔から言われてきた言葉、慣用句などを中心に考察することにしました。

第一回は、「キーワード」。この言葉が、世間でよく使われるようになったのは、二十年も前。人が考えるより前に行動するのが是とされた、バブル経済のはしりの時代でした。「キーワード」を覚えることで、面倒な思考プロセスを省略することが目指されていることは明らかでした。それと同時に、マニュアルと言う言葉も、ほとんどワンセットで流通頻度が上がりました。気がつけば「キーワード」やマニュアルなどですっぱり切れない部分に存在する矛盾点が多数看過されてきたのですが、そこにこそ、難問解決の鍵が隠されていたりします。

このコーナーでは、クリアカットに説明することよりも、皆さんの考察の出発点になることを目指し、疑問点は疑問点として残し、そのまま提示してゆきたいと考えています。

 街中観察記 ―腕を差し出すのは、どっち?―
師走ともなれば、クリスマス、お正月を誰とどこで過ごすのか、若者にとっては(遊び人の中年にとっても)大問題。クリスマス・イブのシティ・ホテルでは、女性から腕を取られた男性をよく目撃するようになりました。かつては、男性が女性をエスコートして歩くものでしたな。男女共同参画も20年以上の実績を持つ今では「恋人に引かれて、ホテルのクリスマス・プラン参り」という感じの男性が増えています。電車の車内でも、街の歩道でも、女性から腕を組むカップルが結構あります。腕を組んで歩く二人を見て、最初に腕を差し出すのが「男性から」か「女性から」か区別できるのか、という意見もあるでしょう。区別できるんですな、これが。
女性が堂々と相手の腕にすがり、二人の距離を詰めようとする勢いを感じさせるカップルは、女性から腕を組んでいます。この場合、男性は、固くなって、気恥ずかしそうです。これに対し、男性から腕を組む、あるいは双方から自然に腕を組んでいるカップルの場合は、中高年者から見て適当と思われる距離が維持されてます。そんなん、余計なお世話や、と言われれば、それまで。
芦松庵主人
 書評 摂津書屋閑談 『アッコちゃんの時代』―女性のファンタジーは、今でもバブリー?−

今では名前も咄嗟に思い出せないけれど、バブルの頃には超有名人で、「地上げの帝王」と呼ばれた男の愛人を振り出しに、麻布キャンティの御曹司と結婚。その後夫とは別居生活を続けている、通称アッコちゃんなる、実在の女性に取材した小説である。

取材のために料亭、高級レストラン等々でヒロイン、アッコちゃんと会い、その話に耳を傾ける作者が時々顔をのぞかせる。それは、この小説が、詳細な取材を通じて、ヒロインの実像に迫るものである、と読者にアピールする装置として機能している。

「ああ、そういえば、あの頃、週刊誌に載っていた」と、自らの若き日を懐かしむ中高年者や、中高生だった頃、小耳に挟んだ事件を思い起こす若い読者の姿が思い浮かぶ。読者としては、ほとんど小説というより、ドキュメントを読むつもりになる。

ヒロイン、アッコちゃんは、小説中で、自ら権力や経済力を持つ男性を操作したいと考えたことなどない、としばしば語る。バブル期に、多くの女性が思い描くファンタジーをすべて満たすような生活をしていたのも、決して自ら望んでのことではなかったと。彼女は、自分自身の不快を回避し、快を求めただけだった。言い換えれば、自分自身の満足以外に、求めるべき対象が外部に存在しなかったのである。だからこそ、彼女は権力や並外れた経済力を持つ男たちの欲望の対象であり続けた。外部の対象を求めない人間ほど、他者からすれば、熱望すべき対象はない。

際限なく熱情、富、時間を吸い込むブラックホールのごとき女性は、それぞれの男が自らの思い描く「いい女」のイメージを容易に身にまとう、いや男のほうで、「この女こそ自分が求めていた、いい女だ」と思い込むのである。

とすれば、彼女の実像というのは、実は、そのまま彼女を巡る男たちの描いた虚像に違いない。しかし、彼女の側からしても、自らの虚像が可能にした生活が自身の実人生なのである。

だから、この小説は、やっぱりドキュメントなんかではない。虚像と実像の間を揺れ動く、取材小説なのである。

ところで、女性の欲望を描き続けてきた林真理子が、何ゆえに、今この小説を書いたのだろうか。男たちと同様、アッコちゃんに今もってバブリーな、自らの欲望を映し出し、ブラックホールに吸い込まれる女性読者の反応が見たかったのではあるまいか。


     
アッコちゃんの時代、林真理子著、新潮社、2005年8月刊、1500円(税別)

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